株式会社マネーパートナーズホームページ寄稿 2015年6月
去年の暮れからこう着していた円ドル相場がまた円安に動いている。表向きの解説は、イエレンFRB議長が「年末迄のいずれかの時期に」金利引上げがありうると言明したからだと云う。しかし、これはどうも余り説得力がない。そもそも年初には「6月引上げ確定」という観測が一般的だった。ところがその後、米国景気回復力がそれ程強くないという懸念が拡がり、最近では9月引上げ説が勢いを増していたところだった。だから、イエレン発言は、米国金利早期引上げの可能性を高めるものでは全くなかった筈である。
一方、とくに日本のメディアには今回の動きが「ドルの独歩高」だとする傾向が見えるが、これも正確ではない。このところ基調的にドルが強いのは確かだが、今回の円安と軌を一にしてユーロ安が進んでいるわけではない。その意味では、ドル独歩高と云うよりは円独歩安のほうが事実に近い。
それでは、円に何か特別の弱気材料があるかと云えば、それも無いだろう。アベノミクス、とくに構造改革政策の進捗について、内外で懸念や不満があることは変りないが、同時に、たとえばコーポレート・ガバナンスの改善については、積極的な評価があることも事実である。
こう考えると、最近の新たな円安の動きはどうも海外の投機筋の仕掛けの匂いが強い。昔から、海外の為替投機筋は、「他にすることがなくなると、円で遊ぶ」と云われてきた。それは裏返せば、円ドル相場の変動に弱い日本の市場の体質を揶揄したものでもあるが、事実今迄何度となく海外の投機筋はこの円遊びで稼いでいたことは確かである。
それに乗せられて結果的に大損をこいた人に同情する必要はないのだろうが、日本経済再生の過程で円安が果たす功罪については真剣に考えてみる必要はあるだろう。一層の円安で一部企業の収益が更に増加し、株価は一層上がるだろうと云う。しかし、今年になって円ドル相場はフラットだったのに、株価は上昇し続けた。株価は別のロジックで動いていたのである。円安で輸出が増加し、成長が高まるという期待は残念ながら全く外れてしまった。円安になれば輸入物価が上昇し、一般的消費者物価も高まるから、消費者の期待インフレ率も向上するという推理はその通り働いている。しかし、名目賃金の上昇が、企業の自画自賛にもかかわらず十分でないため、実質賃金は2年近く下落し続けている。これでは家計消費がふえる筈がない。円安でもうけた企業の手元資金はふえ続けているが、設備投資は一向にふえない。ひところ囃された生産の国内回帰もパタリと聞えなくなった。
アベノミクスが非常に大事な局面にさしかかっていることは確かである。緒戦における戦術は正しく、大成功だった。だが、最初から十分判っていた通り、アベノミクスの一番重要な要素は、緒戦における「期待の変化」の効果を「実体経済の改善」につなげる「伝達機能(トランスミッション・メカニズム)」なのである。
日本経済は今まさにその難しい局面に入っている。われわれは緒戦において、歴史的な発想の転換によって成功した。第二の局面でも発想の転換が必要なのである。それはもう日本銀行だけの仕事ではない。