株式会社マネーパートナーズ ホームページ寄稿 二〇二〇年 一月
押し並べて評判の悪いトランプ政策の中でも取り分け忌避されているのは通商政策だろう。第二次大戦後世界はブレトン・ウッズ体制の下で数次に亘る多国間の関税引下げラウンドを忍耐強く繰り返してきた。その結果国際貿易における障壁は著しく低下し、世界貿易は世界経済をかなり上回るスピードで拡大してきた。ウィン・ウィンの好循環が生まれたと思われたのである。米国は構造的に大きな貿易赤字を抱えていたから、時として保護主義に走ることはあったが、概して云えば多国間の自由貿易を推進する指導国家の役割を果たしていた。
ところがトランプ政権は、米国が多くの国に対して巨額の貿易赤字を抱えており、それは米国の雇用が相手国に奪われていることだから、二国間の交渉によって赤字を減らすディール(取決め)を勝ちとるというアメリカ・ファースト(米国第一)主義に転換したのである。
このトランプ通商政策に対しては米国内外で広汎かつ根深い批判が巻き起こった。とくに日本が熱心に主導したTPP(環太平洋自由貿易構想)から米国が脱退を決めた時には、もうこの世の終わりだと云うような悲鳴が上がったのは記憶に新しい。
しかし残念なことに、ここ数か月間に貿易の世界で起こっているのは、正にトランプ流の二国間ディール政策が着々と根を拡げている姿なのである。TPPに代わって米韓、米日の間でいち早く二国間貿易協定が成立し、米国は韓国からは自動車、日本からは農産物の分野で譲歩を勝ち取った。中国との間でも第一段階貿易合意にこぎつけ、中国に二千億ドルの米国農産物輸入増加を約束させた。NAFTA(北大西洋自由貿易協定)に代わるカナダとメキシコとの協定も批准され、自動車分野等で成果が上がった、と勝利宣言である。英国ではジョンソン保守党の大勝でBREXITが確実になり、米英二国間協定が視野に入ってきた。EUとの交渉も始まるだろうが、自動車関税を武器にしてトランプ政権側が先手をとっている印象である。
多国間自由貿易体制の守護神とも云えるWTOは米国のサボタージュで上級委員会の七名の定員の中一名しか在籍していない。完全な機能不全である。
要するに、大方の反対にも拘わらず、世界の貿易体制は二国間の威し賺しと駆け引きの場になりつつあるのである。トランプ流の貿易政策への反対の理由は二つある。一つは関税引上げなどの保護主義を武器にした戦いは結局世界貿易を委縮させ、米国を含む世界全体の経済発展を妨げてしまうということ。もう一つは、折角多くの国が自由で開かれた民主的市場経済で米国を中心に団結しようとしているのに、トランプ流の相手かまわぬディール交渉はその民主的協調を壊して、中国などの国家資本主義国を利するだけである。この二つの議論には確かに説得力がある。
問題は、貿易交渉論におけるトランプの唯一最大の関心は、中長期的な世界経済の話ではなく、彼が再選されるかどうかだということなのである。二期目の四年間に彼が何をしようとするかは、すべて再選が前提なのだ。
猿は木から落ちても猿だけれど、大統領は落選すれば只の人なのである。それを一番強く感じているのは正にトランプ本人だろう。アメリカ・ファーストという政策が本当にアメリカのため、世界のために正しい政策なのかどうかを今論じても意味がない。来年十一月迄は憎まれっ子が世に憚るだろう。本当の舞台はその先だ。