仕事場の近くでビスコンティの映画の特集を1か月ほど前からやっている。没後40年ということで、映画館の前では普段はあまり見かけないような年配の人の姿も見られる。スクリーンの前で時代を取り戻しているに違いない。
血沸き肉躍る「あの時」の感じを取り戻そうとしているのはビスコンティファンだけではない。
四半世紀前、「BOE(英国中央銀行)を破った男」として名を馳せたジョージ・ソロスもその一人だ。80歳を超えたヘッジファンド界のレジェンドが現役復帰する。
英国のEU離脱(BREXIT)の国民投票を控えで揺れるポンドを見て血が沸いたのか。それだけではない。10兆ドルを超える世界の国債の利回りがマイナスになっていることや中央銀行の政策への不振など、マクロ系のヘッジファンドを長く運用してきた者にとって、居ても立ってもいられない思いが膨らんだに違いない。株も為替も債券もチャンスはごろごろ転がっている。でも銀行は資本規制や度重なる罰金などでコスト的にも雰囲気的にもリスクを以前ほど取れなくなった。ここは自分の絶好の出番と踏んだのだ。
92年の欧州通貨危機、ポンド危機は多分世界中の銀行のディーラーが何らかの欧州通貨のポジションを取った。ポンド、リラ、ペセタ、エスクード、フラン、ドラクマ等々。祭りのような熱狂が市場に充満していた。この時の市場のパワーは銀行のほうがヘッジファンドよりも強力だった。ソロスはBOEが50億ポンド介入すれば自分は50億ポンド売り、100億ポンド介入すれば100億ポンド売るつもりだったと後で回想して、BOEを破った男としてイメージが定着させた。
BOEは介入や利上げで対抗したが、結局ERMから離脱を余儀なくされた。ERMは欧州通貨間の為替レートを一定の幅で変動させる仕組みで、ポンドはERMに参加したばかりだった。こうした苦い経験もありポンドは統一通貨ユーロには加わらなかった。
それで金融政策の自由を確保して、その後ユーロ圏に比べて比較的高い経済成長率を維持し、ユーロ危機にも巻き込まれなかった。
これは今回のEU離脱派の論拠の一つにもなっている。EU規制がなければ経済成長は加速するというわけだ。
現時点の世論調査では離脱と残留は拮抗している。離脱が勝てばポンドは売られるが、その場合BOEはポンド下落を抑制するためにポンド買い介入や利上げをするのだろうか。
ポンドの下落の程度如何ではあるが、利上げは考えにくい。ポンド買い介入はありうる。その場合、ソロスは売るだろう。
その結果はうまくいかないだろう。今回は前と違って銀行のディーラーのパワーがないからだ。レジェンドがこうして市場から去るのは残念だ。だが世界中の元ディーラーたちが束の間であっても時代を取り戻したことを感謝するに違いない。