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市場養生訓

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第770回

2019年05月21日

 米中貿易戦争の高まりを受けて、中国は保有する米国債を武器にするのではないか。以前日本の橋本首相は対米貿易交渉が行き詰まるなかで、当時米国債保有額世界一の日本が米国債の売却の可能性に言及した。一般論では米国債を大量に売却すれば米国債市場は混乱し、債券価格は急落、つまりドル金利は急上昇する可能性がある。

 米国の財務省のデータによれば3月に米国債を200億ドル以上売却した。最近では多い金額なので中国は米国債の売却を本格化して交渉の武器にするとともにドル離れを進めていくのではないかとの見方が広がった。

 このトピックは興味深いが、本当にそうだろうか。

 二点を考慮する必要がある。一つは、中国が米国債を大量に売却して市場を混乱させても中国の利益にはならない。もちろんドル金利の急上昇は米国にとって好ましくないが、債券価格が暴落すれば1兆ドル以上の米国債を保有する中国は大きな損失を被る。だから中国はこうした戦略は取れない。売却するにしても市場の混乱を招かないようにしなければならない。中国は昨年9月からほぼ毎月ネットで米国債を売り越している。

 もう一つは、ドル離れを貿易交渉に絡めて戦略にすることはない。中国は米中貿易交渉の前から、ドル一極体制反対の立場を明確にしている。多極化を望んでいる。その一環としてSDR(IMF特別引き出し権)の利用の拡大、人民元建ての原油先物市場の創設などを掲げてきた。多極化には当然人民元も含まれる。だが現実には人民元の国際化がなかなか進展していないのも事実だ。ドル一極体制からの脱却と言うからには、国際取引、外貨準備の構成通貨、それに外為市場での取引シェアでのドルの圧倒的な地位が崩れなくてはならない。これらの数字を見る限り近い将来ドル一極体制が多極化体制に代わる兆しを見出すことは難しい。

 例えば世界の外貨準備の構成通貨を見ると、ドルが60%以上だ。二番目のユーロが20%程度、人民元は2%にも満たない。3兆ドルを超える中国の外貨準備でもドルの割合が50%以上と推測される。(これはIMFのデータからの推測だが、3年ほど前にデータの変更があり推測が若干難しくなった。)

 もっとも中国は今後もドルの割合は抑制する方向だろう。それに外貨準備の金額も大きな増加は見込めない。運用益の増加はあるが、ドル買い市場介入での増加はあまり期待できないからだ。

 経済規模で追いつき、軍事力で背中が見えた後でないとドル一極体制の変更は見通せないだろう。


※当コラムは毎週火曜日の更新です(火曜日が祝日の場合は休載となります)。

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プロフィール

  • 著者近影 小口 幸伸(おぐちゆきのぶ)
    1950年生まれ。通貨・国際投資アナリスト。 元ナショナルウェストミンスター銀行国際金融本部長。 横浜国立大学経済学部卒業後、シティバンク入社。変動相場制移行後間もなく為替ディーラーとして第一線で活躍。シティバンクのチーフディーラーとなる。その後ミッドランド銀行為替資金本部長を歴任。


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