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市場養生訓

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第796回

2019年12月10日

 ポール・ボルカーが死んだ。1979年から1987年の8年間米連邦準備理事会(FED)の議長を務めた。
FEDは市場で最も権威ある存在として、また議長は市場に最も影響力を持つ人物として認知されているが、その礎を築いた人物であると言える。ボルカーと言えば長身でインフレファイターとしてのイメージが強い。ただ市場参加者の一人として私自身が最も印象に残っているのは、金融政策の目標を金利からマネーサプライ(通貨供給量)に変えたことだ。
インフレ抑制とドル余剰に起因するドル安を防ぐためだが、結果としてドル金利は上昇し、ドル高が進んだ。
金融政策の変更は市場のトレンドを変えただけでなく、市場参加者のディーラーの一日も変えた。マネーサプライの伸びについての数字が毎週金曜日のニューヨークタイムで発表された。マネーサプライがどの程度伸びたか減ったかで売買とポジションの大きさが決まる。東京では深夜だ。ディーリングルームはどの銀行も煌々と明かりがともっていた。建物の前にはタクシーが並ぶ光景が生まれた。これはその後雇用統計が重視されるようになってからも続いた。外為市場の24時間化が促進される契機にもなった。
ボルカーはカーター大統領の時に任命されたが、FEDの議長としてのキャリアのほとんどはレーガン大統領の時代だ。高いインフレ率と失業率に見舞われた米国経済の立て直しに力を発揮した。その結果インフレは抑制され、失業率は低下した。しかしドル高が進み、貿易赤字と財政赤字の双子の赤字が拡大した。そしてその問題の解決のために国際協調でドルの秩序ある下落を進めることになった。先進5か国によるプラザ合意だ。ボルカーはその中心にいた一人だ。
ボルカーの業績はFED時代の前後にもある。FED議長の前、財務次官の時には米国の金とドルの交換停止(ニクソンショック)を主導した一人でもあった。つまり現在の変動相場制の生みの親の一人でもある。
後年ではボルカールールが有名だ。世界金融危機の反省からオバマ大統領の時代に生まれた金融規制の一つだ。銀行の自己勘定でのリスクテイクの禁止だ。実務的には顧客取引と自己勘定でのリスクテイクの線引きは難しいが、トランプ政権になって骨抜きにした。
振り返るとボルカーは様々な点でトランプ大統領とは対極にある。ボルカーは国際協調を重視したし、金儲けよりも釣りに興味を持ち、公務員の仕事に誇りを持っていた。
世界の市場参加者に最も影響を与えた一人と言っても過言ではないだろう。

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プロフィール

  • 著者近影 小口 幸伸(おぐちゆきのぶ)
    1950年生まれ。通貨・国際投資アナリスト。 元ナショナルウェストミンスター銀行国際金融本部長。 横浜国立大学経済学部卒業後、シティバンク入社。変動相場制移行後間もなく為替ディーラーとして第一線で活躍。シティバンクのチーフディーラーとなる。その後ミッドランド銀行為替資金本部長を歴任。


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